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国際音声字母

国際音声字母 補助記号・その他の記号・母音

音声

音の単位としては平仮名や片仮名の表す「音節」という単位がまずあげられる。 そうした音節はそれよりもさらに小さな単位に分けることが可能である。 例えばタをゆっくり発音すると、[t]と[a]とに分けられる。 次にトをゆっくり発音すると、[t]と[o]とに分けられる。 この前の部分は前掲のものと同じであり、これに対して後の部分は異なる。 このような[t][a][o]などの一つ一つを単音という。 単音を表す場合、普通「国際音声字母(International Phonetic Alphabet' 略してIPAという)」に基づき、 [ ]でくくって表す。単音は普通「子音」と「母音」とに区別される。

母音は、英国の音声学者ダニエル=ジョーンズの設定した基本母音に基づき、 舌の位置と口の開きによって記述される。

まず舌の位置によって次のように二大別される。 舌の前の部分が硬口蓋に向かって高く盛り上がる[i][e][ε][a]のような母音、 これを「前舌母音」(前母音(まえぼいん)ともいう)と呼び、 舌の後ろ(奥)の部分が軟口蓋に向かって高く盛り上がる[ɑ][ɔ][o][u]のような母音、 これを「後舌母音」(奥舌母音、奥母音などともいう)と呼ぶ。 また、イのように前の方でなくウのように奥のほうでもない、舌の中央部が高く盛り上がる母音を「中舌母音」と呼ぶ。

口の開きに関しては、口の開きの狭い、口蓋と舌の間の空間が少ししかない[i][u]のような母音、 これを「狭母音(せまぼいん)」と呼び、 口の開きの広い、口蓋と舌の間の空間が大きい[a][ɑ]のような母音、 これを「広母音(ひろぼいん)」と呼ぶ。 また、口の開きがやや広い[ε][ɔ]のような母音を「半広母音」、 口の開きがやや狭い[e][o]のような母音を「半狭母音」と呼ぶ。

このほか、唇のまるめを伴うか否かで、円唇母音・非円唇母音に大別される。 また、唇を十分に左右に引いて調音するものを平唇母音ともいう。 日本語のイはこれに当たる。

子音は「調音点」「調音法」「声」を基準にして分類される。 以下、日本語にかかわるものについてだけ簡略に示す。

調音点による分類

  • 両唇音上下の唇で調音される音。
  • 歯音(歯茎音)舌尖と歯裏(または歯茎)で調音される音。
  • 後部歯茎音前舌面と歯茎の後部で調音される音。
  • 硬口蓋音前舌面と硬口蓋とで調音される音。
  • 軟口蓋音後舌面と軟口蓋とで調音される音。
  • 口蓋垂音後舌面と軟口蓋の奥部(口蓋垂のあたり)とで調音される音。
  • 声門音声門で調音される音。

調音法による分類

  • 破裂音音声器官を急に閉鎖してとめた息を急に放出して発する音。「閉鎖音」ともいう。
  • 鼻音口蓋垂を垂れ下げて呼気を鼻むろに流すことで発する音。
  • 弾き音呼気によって弾くようにして発する音。
  • 摩擦音音声器官に狭めをつくり、そこを通る気流との間に摩擦を生じさせて発する音。
  • 破擦音音声器官を一時閉鎖した後、徐々に放出して、摩擦を生じさせた音。破裂音と摩擦音の組み合わさった音。
  • 半母音母音と同じ性質であるが、音節の末尾に位置するのではなく、母音へ移行する中間過程で起こる動きによって生じる音。

声による分類

  • 有声音声帯の振動を伴う音。
  • 無声音声帯の振動のない音。

代表的な子音

咽頭部断面図・代表的な子音

日本語の音声

それ以上短く区切って発音することのできない音声上の最小単位を「拍(またはモーラ)」と呼ぶ。 そうした拍(モーラ)は等時間性、すなわちそれぞれが同じ長さで発音されるという性質を持っている。 例えば、カッセン(合戦)はカ・ッ・セ・ンという4拍(モーラ)からなる。 このような拍(モーラ)は音素からみると、一つの母音からなるもの、一つの子音(または半母音) と一つの母音から成るもの(以上を直音と呼ぶ)、一つの子音と半母音と母音からなるもの(これを拗音と呼ぶ) を基本構造とするが、そのほかに撥音、促音、引き音という特殊な拍(モーラ)を構成する特殊音素がある。

日本語のアは広母音[a]。国際音声字母では前舌の広母音を[a]、 後舌の広母音を[ɑ]と書き分けるが日本語のアはいずれかに決めることはできない。 ここでは印刷の便宜上[a]で記す。 イは前舌の狭母音[i]。ウは後舌の狭母音で、唇の丸めのない[Ɯ]。 円唇母音[u]とは区別される。 スツズの音節では中舌母音の[]。 エは前舌の半狭母音[e]。半広母音[ε]よりは狭い。 オは後舌の半狭母音[o]。微弱ながら円唇性が認められる。

前舌面が硬口蓋に接近して、やや鋭く聞こえるようになることを口蓋化(硬口蓋化)といい、 IPAでは[ʲ]で表される。 日本語の、イ段音及び拗音の子音部には程度の差はあるが、口蓋化が現れる。 以下、五十音図に従って、日本語の音声を説明する。

カ行の子音は軟口蓋破裂音の無声子音[k]、ガ行の子音は軟口蓋破裂音の有声子音[g]、ただし、 キ及び拗音では口蓋化して[kʲ]となる。

サ行の子音はサスセソでは歯茎摩擦音の無声子音[s]、シ及び拗音では後部歯茎摩擦音の無声子音[ʃ]。 ザ行の子音はザズゼゾでは歯茎破擦音の有声子音[dz]、ただし、「ん」の直後にない、 語中語尾においては[z]と発音されることが多い。 ジの子音は後部歯茎破擦音の有声子音[ʤ]、ただし「ん」の直後にない、 語中語尾においては[ʒ]と発音されることが多い。

タ行の子音はタテトでは歯茎破裂音の無声子音[t]、チ及び拗音では硬口蓋歯茎破擦音の無声子音[tʃ]、 ツでは歯茎破擦音の無声子音[ts]。 ちなみに、スズツでは母音が中舌母音[]となる。 ダデドの子音は歯茎破裂音の有声子音[d]。ヂはジに同じ。ヅはズに同じ。

ナ行の子音はナヌネノでは歯茎鼻音[n]、ニ及び拗音では硬口蓋鼻音[ɲ]。

ハ行の子音はハヘホでは声門摩擦音の無声子音[h]、ヒ及び拗音では硬口蓋摩擦音の無声子音[ç]、フでは両唇摩擦音の無声子音[Φ]。 バ行の子音は両唇破裂音の有声子音[b]、ただし、ビ及び拗音では口蓋化して[bʲ]となる。 半濁音のパ行の子音は両唇破裂音の無声子音[p]、ただしピおよび拗音では口蓋化して[pʲ]となる。

マ行の子音は両唇鼻音[m]、ただしミ及び拗音では口蓋化して[mʲ]となる。

ヤ行の子音は半母音で、硬口蓋接近音の有声音[j]であるが、摩擦性に乏しい。

ラ行の子音は歯茎弾き音[ɾ]で、リおよび拗音では口蓋化して[ɾʲ]となる。 ところで[r][l]は国際音声字母では、それぞれふるえ音(顫動音)、側面接近音を表す。 日本語のラ行音は舌端で歯茎を軽く弾いて発音するのが基本であるから、それらと区別される。 また、語頭では最初から歯茎に舌端が触れているが、これも弾き音に含めている。

ワ行の子音は半母音で、非円唇性の有声唇軟口蓋接近音[ɰ]。

撥音ははねる音ともいわれ、ンで表記する。次に音が何もない場合の語末の撥音は口蓋垂音の「ɴ」である。 しかし、子音が後続する場合、ンの発音はその影響を受けて[m][n][ŋ]に変化する。 両唇音の[p][b][m]の前では[m]、 歯音歯茎音の[t][d][ɾ][n]などの前では[n]、 [k][ɡ][ŋ]の前では[ŋ]となる。 また、母音や半母音の前ではそれに近い鼻母音(例えば、[i][j]の前では[Ĩ])になる。 つまり、撥音は鼻音的要素の一拍分の持続であることから、これを音韻的に/ɴ/と表す。 ただ、それらは義務的ではなく、ゆっくり発音すれば、「新派」は[ʃiɴpa]のように、軟口蓋の後部と奥舌面とのゆるい閉鎖による鼻音[ɴ]がまず調和され、 [p]へのわたりとして[m]が発音されるのである。唇の閉鎖は遅れて行われるのであって、 積極的に[m]を発音しているのではない。

促音はつまる音とも呼ばれ、ッで表される。ローマ字表記すると後続する子音を重ねて表記するように、 音声的にも後続子音によって種々の音として現れる。 例えば、イッパン(一般)[ippaɴ]、イッタン(一旦)[ittaɴ]、 オッツケ[ottske]、イッチ(一致)[ittʃi]、イッカン(一貫)[ikkaɴ]の促音は実質は[p][t][k]の持続部であって音響は聞こえない。 有声音の場合もホッブ[hopbɯ]、ベッド[betdo]、 エッグ[ekɡɯ]のように、無声子音[p][t][k]で現れる。 一方、ファッション[Φaʃʃoɴ]、イッスイ(一睡)[issi]などは[ʃ][s]の持続部の音響が聞こえる。 このように促音は、実際は後続する無声子音の一拍分の持続部で、これを/Q/と表す。 ただし、ザ行音はバッジ[baʒʒi]ではなく[batʤi]であって、音響は聞こえず、[batʤi]は変化して[battʃi]ともなる。 促音はヤ行・ワ行の半母音、[m][n][ŋ][ɴ][ɾ][h]の前には原則として来ない。 また、濁音(有声破裂音)の前にも、外来語にしか現れない。

「ああ言えばこう言う」という場合の「アー」「コー」は[a][ko]の母音を延ばした発音で、 先行する母音の一拍分の持続である。 「ア」を短音というのに対して[アー]の類を長音ということがあるが、 その[a:]のうちの[:]という先行の母音の持続部分を「引き音」と呼び、音韻として/ʀ/と表す。 こうした長音は「おかあさん」「おにいさん」「スースーする」「おねえさん」「おとうさん」などすべての母音において見られるが、このうちエ段長音はケーエー(経営)などの字音語では改まって発音する場合「エイ」となる。 また「背」はセーと同時に、誤ってセイとも発音されることがある。

キクシスチツヒフは、無声子音の直前にある場合、本来有声であるべき母音が無声化して発音される。 これを母音の無声化という。 例えば、キシ・キタなどのキ、クサ・クスリなどのク、シキ・シタなどのシ、ツキ・ツタなどのツなどは、 子音の聞こえだけで、母音は全く響かない。 音声記号ではシキなどは[ʃki]というように、母音の下に小さな ◦ を付して表す。

語中語尾のガ行子音は原則として鼻音[ŋ]となる。 [ŋ]は調音点は[ɡ]と同じであるが、気流を鼻に抜いて調音することから破裂音の[ɡ]よりは 柔らかい感じを与える。 こうした[ŋ]をガ行鼻音もしくはカ行鼻濁音と言う。 たとえば、カガミ(鏡)、シゴト(仕事)などのほか「私がしますが、・・・・・・」のような格助詞・接続助詞も必ず鼻音化し、 ホライ(法螺貝)・オオタ(大型) など連濁も鼻濁音になる。 外来語は原則として鼻音化しないが、ンの直後のガ行は例外的に鼻音化する(「キング」「ヤング」など)。 複合語では語中語尾でも鼻音化しないことがある。 例えば、オンッコウ(音楽学校)・ カンク(管弦楽) などの「」は鼻音化するが、 「」は鼻音化しないことがある。 「お」などの接頭語に続くガ行音(「お行儀」「お元気」など)、 接頭語的な要素に続くガ行音(「朝ご飯」など)は鼻音化しない。 また、オノマトペのガ行音の反復(「がたがた」「ぎしぎし」など)も鼻音化しない。

声門閉鎖音(glottal stop)の[ʔ]は音素としては存在しないが、 発音されることがよくある。 例えば、驚いた時に発する「あっ、危ない」は声帯を急に締めつけて声を止めるのである([aʔ])。 また、急に声門を開く場合にも声門閉鎖音が現れる。 怒りや不満を表す場合の「えい(いまいましい)」の語頭の破裂がこれにあたる([ʔe:])。 「音を」という発音を[oto:]とならないように音を歯切れよく発する場合の[otoʔo] などにもこれが現れる。

日本語で、外来音またはオノマトペにだけ用いられる拍(モーラ)がある。 これらの子音や半母音などは、最近たびたび観察されるようになった[v]を除くと、既存のものばかりであって、 ただある種の母音との組み合わせが体系上欠けていただけである。

現代日本語の拍の音声記号表(五十音図による)

現代日本語の拍の音声記号表・特殊音素・主として外国語に用いる拍の音声記号表