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「古今和歌集」は、「万葉集」以後の漢詩文隆盛期を経た後、最初の勅撰和歌集として、10世紀初頭に撰進された。撰者は紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑。二〇20巻で仮名序と真名序を付す。仮名序は最初の本格的な歌論で、和歌の本質論・効用や発生と展開、分類、歌人評などを述べる。収載歌は四季・恋など題材による部立に分類され、さらに各部立内は季節の推移や恋の進行状態に従って配列されている。歌と作者は、読人しらず時代・六歌仙時代・撰者時代の三期に区分される。修辞面では懸詞・縁語の発達が顕著であり、枕詞・序詞もそれらと組み合わせて用いたものが見られるようになる。六歌仙時代以降は、見立て・擬人法といった比喩も多用され、理知的・技巧的で、繊細な感覚を優美に歌いあげる歌風に特色がある。

「新古今和歌集」は、第八番目の勅撰和歌集として一三13世紀初頭に撰進された。撰者は源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経。二〇20巻で仮名序を真名序を付す。「万葉集」の歌人から当代歌人までの歌を収めるが、当代歌人の歌が多い。各部立内は、「古今集」以来の伝統が洗練された上に作者の新古も加味して歌を配列してある。修辞面では本歌取り・初句切れ・三句切れ・体言止めの多用に特色があり、歌風の唯美性が絵画的・音楽的・象徴的・物語的などと評されている。

古今集・新古今集の歌—部立別

  • 年の内に春はきにけりひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ古今集・在原元方
  • 袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ同・紀貫之
  • 春の夜の闇はあやなし梅花色こそ見えね香やはかくるゝ同・凡河内躬恒
  • 年をへて花の鏡となる水はちりかゝるをやくもるといふらむ同・伊勢
  • みわたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける同・素性
  • 久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ同・紀友則
  • 花の色は霞にこめてみせずとも香をだにぬすめ春の山風同・良岑宗貞
  • 見渡せば山もと霞む水無瀬川夕べは秋と何思ひけむ新古今集・後鳥羽院
  • 春の夜の夢の浮橋(うきはし)とだえして嶺にわかるゝ横雲の空同・藤原定家
  • うすくこき野べの緑の若草に跡までみゆる雪のむら消え同・宮内卿
  • 吉野山桜が枝に雪散りて花おそげなる年にもある哉同・西行
  • 花さそふ比良の山風吹きにけりこぎ行く舟の跡みゆるまで同・宮内卿
  • 花は散り其の色となく(なが)むればむなしき空に春雨ぞふる同・式子内親王

  • 夏のよのふすかとすればほとゝぎすなく一こゑにあくるしのゝめ古今集・紀貫之
  • 夏と秋と行きかふ空のかよひぢはかたへすゞしき風や吹くらむ同・凡河内躬恒
  • 昔思ふ草の庵の夜の雨に涙なそへそ山郭公新古今集・藤原俊成
  • 道の辺に清水流るゝ柳蔭しばしとてこそ立ちどまりつれ同・西行

  • 月みればちゞにものこそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど古今集・大江千里
  • 久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ同・壬生忠岑
  • 君しのぶ草にやつるゝふるさとは松虫のねぞかなしかりける同・読人しらず
  • 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ同・文屋康秀
  • 竜田河紅葉乱れてながるめりわらたば錦中やたえなむ同・読人しらず
  • 年ごとにもみぢばながす竜田川みなとや秋のとまりなるらむ同・紀貫之
  • さびしさは其の色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮新古今集・寂蓮
  • 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮同・藤原定家
  • 鳴く鹿の声にめざめて忍ぶかなみはてぬ夢の秋の思ひを同・慈円
  • 蟋蟀(きりぎりす)夜寒に秋のなるまゝによわるか声のとほざかり行く同・西行
  • きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかもねむ同・藤原良経
  • 古郷(ふるさと)は散る紅葉葉にうづもれて軒の忍ぶに秋風ぞ吹く同・源俊頼

  • 雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける古今集・紀貫之
  • 冬ながら空より花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ同・清原深養父
  • さびしさにたへたる人の又もあれな庵ならべむ冬の山里新古今集・西行
  • 志賀の浦や遠ざかり行く浪まより氷りて出づる有明の月同・藤原家隆

  • わが君は千代に八千代にさゞれ石のいはほとなりて苔のむすまで古今集・読人しらず
  • おしなべてこのめも春のあさみどり松にぞ千代の色はこもれる新古今集・藤原良経

離別

  • 立ちわかれいなばの山の峯におふる松とし聞かば今かへりこむ古今集・在原行平
  • むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな同・紀貫之
  • 思へども定めなき世のはかなさにいつをまてともえこそ(たの)めね新古今集・行尊

羇旅

  • 唐衣(からころも)きつゝなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ古今集・在原業平
  • 夏かりのあしのかりねもあはれなり玉江の月の明方の空新古今集・藤原俊成
  • 年たけて又こゆべしと思ひきや命なりけりさ夜の中山同・西行

物名

  • きちかうの花
  • あきちかうのはなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく古今集・紀友則
  • なし なつめ くるみ
  • あぢきなしなげきなつめそうき事にあひくる身をばすてぬものから同・兵衛

  • 音にのみきくの白露夜はおきて昼は思ひにあへずけぬべし古今集・素性
  • はつかりのはつかに声を聞きしよりなかぞらにのみ物を思ふかな同・凡河内躬恒
  • あしひきの山郭公(やまほととぎす)わがごとや君に恋ひつゝいねがてにする同・読人しらず
  • 思ひつゝぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを同・小野小町
  • つれづれのながめにまさる涙川袖のみぬれてあふよしもなし同・藤原敏行
  • (くれなゐ)の色にはいでじかくれぬの下にかよひて恋は死ぬとも同・紀友則
  • さむしろに衣かたしきこよひもや我を待つらむ宇治の橋姫同・読人しらず
  • 須磨のあまのしほやくけぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり同・読人しらず
  • かたみこそ今はあたなれこれなくは忘るゝ時もあらまし物を同・読人しらず
  • あひにあひて物思ふころの我袖にやどる月さへぬるゝかほなる同・伊勢
  • 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶる事のよわりもぞする新古今集・式子内親王
  • 面影の忘らるまじき別れかななごりを人の月にとゞめて同・西行
  • 待つ宵にふけ行く鐘の声きけばあかぬ別れの鳥は物かは同・小侍従
  • あぢきなくつらき嵐の声もうしなど夕暮に待ちならひけむ同・藤原定家
  • あとたえて浅茅が末になりにけりたのめし宿の庭の白露同・二条院讃岐
  • 里はあれぬむなしき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く同・寂蓮
  • 白砂の袖の別れに露おちて身にしむ色の秋風ぞふく同・藤原定家

哀傷

  • 君まさで煙たえにし塩釜のうらさびしくも見え渡るかな古今集・紀貫之
  • つひにゆく道とはかねて聞ゝしかどきのふけふとは思はざりしを同・在原業平
  • かなしさは秋のさがののきり〲す猶古郷(ふるさと)にねをや鳴くらむ新古今集・後徳大寺実定

  • あまつ風雲のかよひぢ吹きとぢよをとめの姿しばしとゞめむ古今集・良岑宗貞
  • 世中はなにか常なるあすか川きのふの淵ぞけふは瀬になる同・読人しらず
  • 山里は物のわびしき事こそあれ世のうきよりは住みよかりけり同・読人しらず
  • 忘れては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君をみむとは同・在原業平
  • 山川の音にのみ聞くもゝしきを身をはやながら見るよしもがな同・伊勢
  • 春をへて行幸(みゆき)になるゝ花の蔭ふりゆく身をもあはれとや思ふ新古今集・藤原定家
  • 人すまぬ不破の関屋のいたびさし荒れにし後はたゞ秋の風同・藤原良経
  • 風に靡く富士の煙の空に消えて行方(ゆくえ)もしらぬわが思ひ哉同・西行
  • 吉野山やがて出でじとおもふ身を花散りなばと人や待つらむ同・西行
  • ふる郷は浅茅が末になりはてて月にのこれる人の面影同・藤原良経
  • くるゝまも待つべき世かはあだし野のすゑばの露に嵐たつなり同・式子内親王

雑体

  • ちはやぶる神な月とやけさよりはくもりもあへずうちしぐれ
    もみぢとともにふるさとの吉野の山の山嵐も寒く日ごとに
    なりゆけば古今集・凡河内躬恒・短歌
  • 初瀬川ふる川のへにふたもとある杉年をへてまたもあひ見むふたもとある杉同・読人しらず・旋頭歌
  • 秋の野になまめきたてるをみなへしあなかしがまし花もひと時同・遍昭・誹諧歌

大歌所御歌

  • あたらしき年の始にかくしこそちとせをかねて楽しきをつめ古今集
  • み山にはあられ降るらしと山なるまさきのかづら色づきにけり同・神遊びの歌
  • 陸奥(みちのく)はいづくはあれど塩釜の浦こぐ舟の綱手かなしも同・東歌

神祇

  • 神風やみもすそ川のそのかみに契りし事の末をたがふな新古今集・藤原良経

釈教

  • 今ぞこれいり日をみても思ひこし弥陀(みだ)のみくにの夕暮の空新古今集・藤原俊成
  • やみはれて心の空にすむ月は西の山べや近くなるらむ同・西行

古今集・新古今集の修辞法

枕詞

  • 久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ古今集・春・紀友則

序詞

  • ほとゝぎすなくやさ月のあやめ草あやめも知らぬ恋もする哉古今集・恋・読人しらず

見立て

  • 桜花咲きにけらしもあしひきの山のかひよりみゆる白雲古今集・春・紀貫之

擬人法

  • はちすばの濁りにしまぬ心もてなにかは露をたまとあざむく古今集・夏・遍昭

懸詞

  • 山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば古今集・冬・源宗于

縁語

  • 梓弓春たちしより年月のいるがごとくも思ほゆるかな古今集・春・凡河内躬恒

本歌取り

  • 津の国の難波の春は夢なれやあしの枯葉に風渡るなり新古今集・冬・西行
    (本歌)心あらむ人に見せばや津の国の難波わたりの春のけしきを後拾遺集・春・能因

初句切れ

  • 聞くやいかにうはの空なる風だにも松に音する習ひありとは新古今集・恋・宮内卿

三句切れ

  • うつり行く雲に嵐の声すなり散るかまさきのかづらきの山新古今集・冬・藤原雅経

体言止め

  • 山深み春とも知らぬ松の戸に絶々かゝる雪の玉水新古今集・春・式子内親王

本歌取りに見る古今集・新古今集

  • 梅がえにきゐる鶯春かけてなけどもいまだ雪はふりつゝ古今集・春・読人しらず
  • 鶯のなけどもいまだ降る雪にすぎの葉しろき逢坂の山新古今集・春・後鳥羽院
  • けふこずはあすは雪とぞ降りなまし消えずはありとも花とみましや古今集・春・在原業平
  • 桜色の庭の春風跡もなしとはばぞ人の雪とだにみむ新古今集・春・藤原定家
  • さつきまつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の香ぞする古今集・夏・読人しらず
  • 橘のにほふあたりのうたゝねは夢も昔の袖の香ぞする新古今集・夏・俊成女
  • み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり古今集・冬・坂上是則
  • み吉野の山の秋風さ夜()けて古郷(ふるさと)寒く衣うつなり新古今集・秋・藤原雅経
  • 月やあらぬ春や昔の春ならぬ我身ひとつはもとの身にして古今集・恋・在原業平
  • 面影のかすめる月ぞやどりける春や昔の袖の涙に新古今集・恋・俊成女
  • 色見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける古今集・恋・小野小町
  • さりともとまちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて新古今集・恋・式子内親王
  • みよし野の山のあなたに宿もがな世のうき時のかくれがにせむ古今集・雑・読人しらず
  • いまはわれ吉野の山の花をこそ宿の物ともみるべかりけれ新古今集・雑・藤原俊成