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大辞林【第三版】を推薦します。

 

「読む面白さ」がある貴重な辞書 ・・・大岡 信

 国語辞書を作る立場に身を置いてみると、現在は大層忙しい時代だと言える。一方では勇躍して言葉集めに熱中できると同時に、他方言葉がふらふらと腰が決まらず、語義の検索以前に、その語の成り立ちからして不可解であるような場合も少なくない時代である。いわゆるカタカナ語の氾濫がそれに輪をかけている。現代語のすっきりした舵取りをしてくれる辞書への要望が、今ほど高い時代はないだろう。

 『大辞林』はそういう時代の要求に立派にこたえられる、長い歴史を背負った辞書である。辞書は「引くもの」としてだけではなく、「読む面白さ」が大いに必要だが、『大辞林』はこの要求にすっきりと答えてくれる、貴重な辞書である。

(詩人・批評家)

 

国語辞典は祖国の礎 ・・・藤原正彦

「祖国とは国語」と喝破したのはフランスのシオランである。確かに国語には、祖国の祖国たるゆえんである、文化、伝統、情緒がつまっている。とりわけわが国のように繊細な情緒の国においては、繊細な感情の違いを表す言葉が多い。同じ雨でも、にわか雨、夕立、霧雨、こぬか雨、さみだれ、しのつく雨、時雨、村雨、涙雨、・・・と切りがない。これらをくまなく集めたのが国語辞典である。国語辞典は文化、伝統、情緒の殿堂である。国民の知の要として、すべての家庭の茶の間に一冊の分厚い大辞典があったらとつくづく思う。それは祖国の礎ともなるだろう。

(数学者)

 

マイ辞書を持つ贅沢 ・・・宇多喜代子

 日に幾度か国語辞典を開く。知りたい項目のあるときだけでなく、さして用のないときにも辞典を繰る。そのたびに「未知との遭遇」にこころを躍らせる。言葉は生きものだから、絶えず対話を交わしていないと、呼吸音が聞こえなくなるのだ。

 この秋、『大辞林』の第三版が出るが、たぶん、新語やカタカナ語に疎い私が驚くような言葉が林立しているにちがいない。

 語義の説明だけでなく、古典や近代作家の用例も、言葉に親しむ大きなヒントになる。

 家庭で使う辞典のほかに、マイ辞典を持つ贅沢もいいものだ。なにもかもを電源にたよる今だからこそ、この贅沢は何モノにも代えられない。

(現代俳句協会会長)